北京生まれ、育ちの章子怡は父親が郵便局の幹部、母親が幼稚園の先生だった。子供頃の章子怡はガリガリと痩せてた。8歳の時、北京宣武区少年宮に入り舞踊を習い始めた。 3年後、11歳の彼女は北京舞踊学院付属中学校に合格、6年間の民間舞踊の専門学習を始めた。1994年全国桃李杯舞踊コンテストで演技賞を獲得。今回の受賞は小章子怡を自惚れさせなく、却って第2人生の選択を決意させた。年齢が大きくになったにつれて、舞踊の演技空間の狭さを感じ、生涯で舞踊役者に甘んじたくなく、生涯で他人のバッグダンスガールになるのは尚更だ。自分のポジション、自分の発展する空間を探しようと、それで演劇、更に映画を思い付いた。 1996年北京舞踊学院付属中学校を卒業した彼女は無事受験合格し中央演劇学院演技部に入学。1998年張芸謀監督の作品《我的父親母親》に抜擢され、これは彼女の映画初出演で、“私の母親”と言う主役を成功に演じた。1999年、華語圏で有名な台湾大監督・李安に起用され、映画《臥虎蔵龍》で周潤発、楊紫王京と共演。同年、アジア映画交流大会にて“明日の星”賞を受賞され、2000年始め、香港の有名監督・徐克にも起用され、旧作《蜀山新伝》の新版に出演、腕前抜群の女性将軍を演じる。 7月に中央演劇学院を卒業する章子怡はこの間、嫁先---中央実験話劇院を内定させた。自分は落着きを求める女の子で「安定感があり、適当なお仕事を持つと、内心ももっと落着くわ」と彼女が言う。 表紙に飾った章子怡:各カバー写真をクリックして見て下さい。 |